我が家もお雛様を飾りました。妻と長女がお雛様。
さりげなく、今年は横に必勝ダルマがいます。
彼が片目で必勝を待っています。来週の長男の大学受験頂上決戦!いざ江戸へ。
さて、前にこのコーナーで林修先生のビデオを出しましたが、受験とは子供にとって人生の大きなライフイベント。だからといって合否はあまり関係ない。最大限努力して合格、不合格はともに、その最大限努力とあれこれ自分について深く考える経験が人生で生きる。よくないのは、「最大限」の努力をできなかったケース。これは一生引きずる。後悔が残る。
私もそれを経験した。高2で勉強に目覚め、高3まで詰め込み系学習でそれなりの成績だったので合格確実と自分も思いこみ、私立も一切受けず、国立志望校に落ちた。何が原因か分からなかった。社会から見放された気分にもなった。
現役合格した仲間との違いがわからないまま、浪人生活に突入し、成績は実は低下した。浪人というのは学校など所属組織のない初めての世界。これで社会との距離と孤立感を感じた。が、その結果、人生についてよく考え、何が自分なのか?自分はどうしたいのか?自分は何のために生きるのか?を考える時間を持った。フツーに高校を卒業した後、生きることに渇望していたように思う。よく友人とも夜中中話をした。この頃、家に朝からいるので母方のおばあちゃんとよく話した(おばあちゃんに話し相手になってもらっていた!)。祖母は人生の大先輩で年輪を感じた。自分より子供を3人も先に失うなど悲しいことを乗り越えて強く生きていた。その力は当時の自分には凄さを感じた。今の高齢者との接点の楽しさはこの頃学んだと思う。
要すれば自分の人生や物事の本質を見抜く力がついたと思う。「試験」と言うライフイベントを通じ、何を学び、その後、自分はどんな人生を生きていくのか、位置付けがはっきりしてきた。
成績が落ちたことは残念であるが、あの一年を経て、大学入学以降の人生は2段階ぐらいレベルアップし、自分の両足で立っている自分を感じられるようになった。その後の人生を大きく飛躍させてくれたと信じる。
その話ばっかりいつも息子にしている。だから、もがき苦しめ!必ず後で役に立つ。