父が亡くなり3ヶ月が経過しました。
お墓をどうするか?今までは樹木葬や永代供養など現代様式を考えていました。でも最近、少し考え方が変わってきました。
お墓参り、って意義が先祖様だけでなく、今この世で生きている自分にもあると思うんですね。
墓前で今あることを心の中で語っています。そして時には「どう思いますか」などと問うたりします。実はこれ、現実的には自分の自問自答なんですが、墓前という心が洗われる場所で、改めて自分はどうすべきか、どうあるべきか、を整理することなんじゃ無いかなと思うんですね。そして、親など先祖が背中を押してくれる。そういう場所、あるいは儀式なんじゃ無いかな、と思うんですね。
現代社会でザラ場でそんなこと考えても、雑踏の中で冷静に考えることは難しいです。墓前はそれをさせてくれる場所の一つと言えます。
それを墓参り、という定点観測的に自分を見つめる機会として、人間社会の歴史が自然発生的に作った儀礼なのかな、と思います。
永代供養は現実的なものかもしれませんが、上記のような機会を失うのであれば、あえてお墓を持つことは、この世に生きる迷える子羊にとっては重要と今は考え、お墓を前向きに考えています。
そう考えていると耳元で父親の呟きが聞こえます。
「わしの墓はいい石使ってくれよ」
そういえば父は昔、貿易の仕事で墓石を取り扱っていました。大失敗だった、と聞きましたが。お墓に縁のある人にしてあげない、と。。。